少子化が進んだ日本では、一人っ子が相続するケースも増えてきています。一人っ子相続は、相続人が少なくトラブルになりにくく、相続手続きも単純になると言われています。
しかし、相続手続きをするにあたっては、遺言書や財産の確認などで注意すべきことがたくさんあります。適切に手続きを進めるためにも、相続の基本について理解しておきたいところです。
そこで今回は、一人っ子相続をテーマに、メリット・デメリットや手続き・相続対策について解説します。
1.一人っ子相続の特徴
被相続人に子が1人しかいない場合、法定相続人は次の2パターンとなります。
- 配偶者と子(法定相続割合は1/2ずつ)
- 子のみ(すべて相続)
相続は、「争族」と言われることもあるくらいで、トラブルになりやすいと言われています。ただ、その原因は相続人が複数いるからであり、一人っ子の場合は相続人が2人以下となるため、トラブルになりにくく、相続手続きも比較的簡単になると言えます。
2.一人っ子相続のメリット
一人っ子相続は、相続人の数が少なくなるため、相続手続きがシンプルになることやトラブルが起きにくいというメリットがあります。
2-1.単純な相続手続き
相続で遺産分割をする場合、手続きが非常に複雑です。
相続税の申告を行う際には多くの添付書類が必要となりますが、その中には「相続人全員の戸籍謄本」や「相続人全員の印鑑証明書」などが含まれています。こういった相続人全員分必要な書類の準備は、一人っ子相続の場合は簡単にできるでしょう。
また、銀行預金や不動産登記の相続手続きにおいても、相続人全員の戸籍謄本や印鑑証明書が必要です。この準備も、一人っ子相続の方が簡単に進められます。
2-2.相続税額の把握のしやすさ
相続税額は、「相続財産を法定相続割合で分割したもの」として、各相続人の相続財産に応じて相続税額を計算します。
法定相続割合とは異なる割合で遺産分割を行った場合は、「法定相続割合で分割したもの」とした場合の相続税額の総額を、相続人全員で負担します。
一人っ子相続では、相続人が1人か2人であるため、計算がシンプルでわかりやすいと言えます。被相続人が生前のうちに相続税対策を行う際も、税額がわかりやすいので対策もしやすいでしょう。
2-3.相続トラブルの回避
はじめにも説明した通り、相続トラブルの原因は、相続人同士の主張がぶつかりあってしまうことです。子が2人以上いる場合、兄弟姉妹の間で意見が対立することがよくあります。
一人っ子相続は相続人が2人いる場合でも、配偶者と子、つまり、親子です。そのため、相続トラブルは起きにくいと言えます。
ただ、親子関係が険悪な場合は、トラブルが避けられないかもしれません。生前のうちに遺言書を作成しておき、遺産分割でトラブルが起きる可能性に備えておくことが大切です。
3.一人っ子相続のデメリット
一方、一人っ子相続にもデメリットはあります。簡単に言えば、相続に関するすべてのことが、数少ない相続人の負担になるという点です。
3-1.債務の全額負担
相続は、被相続人の財産に関する「一切の権利義務」を引き継ぐものであり、それには「負債」も含まれます。
被相続人が、事業での借り入れの連帯保証をしていたり、マイホームの住宅ローンがあったりすることがあります。相続人の誰かが事業を引き継いでいる、被相続人の死亡後にマイホームのない相続人がそこに住むというのであれば、その相続人が負債も引き継ぐことに異論はないでしょう。
しかし、子だけが相続人だった場合を考えてみましょう。相続人が、被相続人の事業にかかわりがなくても、すでに家を持っていても、その負債をすべて負担しなければなりません。
相続放棄という選択もありますが、その場合は、すべての財産の相続を放棄することになります。資産よりも負債の方が多い場合でなければ、相続放棄をするメリットはありません。
3-2.相続税の負担が大きくなる
相続税額を計算するとき、下記の計算式で求める基礎控除が受けられます。
基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人の数
計算式からわかる通り、基礎控除額は法定相続人が多い方が大きくなります。一人っ子相続での基礎控除額は、配偶者と子が相続するケースで4,200万円、子だけが相続するケースで3,600万円です。
基礎控除額が少なくなってしまう分だけ、相続税の負担額が大きくなります。
また、生命保険金の非課税限度額も法定相続人の数で金額が変わります。
生命保険金の非課税限度額=500万円×法定相続人の数
これについても、非課税となる限度額が小さくなってしまうため、相続税の負担が大きくなってしまいます。
とはいえ、法定相続人の数が少ないということは、1人あたりの引き継ぐ遺産が大きくなるとも言えるため、それほど大きなデメリットではないかもしれません。
4.一人っ子相続の手続き
一人っ子相続は手続きが単純ではありますが、それはあくまで、相続人が多い場合と比べて単純だということです。相続手続きを進めるにあたっては、ひとつずつ注意しながら進める必要があります。
特に気をつけるべきことについて、5点お伝えします。
4-1.他に相続人がいないかを確認
相続が開始してはじめにするべきことが「相続人を確定すること」です。一人っ子相続では相続人が配偶者と子しかいないのですが、本当に相続人がそれだけなのかを明確にしなければなりません。
前の配偶者との間に子がいたり、婚外子を認知していたりする場合は、その子も相続人となります。
他に相続人がいないかは、被相続人の戸籍謄本を取り寄せることで確認することができます。戸籍謄本は市区町村役場で取得することができますが、被相続人が亡くなったことが記載されているものだけでなく、出生から死亡までのすべての戸籍謄本を取得して確認しなければなりません。
出生からの戸籍謄本は、最後の本籍地での戸籍謄本を取得し、その中で転籍前の本籍地を調べ、1つ前の戸籍謄本を取得するという作業を繰り返すことで取得することが可能です。
4-2.遺言の有無の確認
遺言書は民法に定められている法的な書類であり、遺言書がある場合は、被相続人の意思を尊重し、法定相続割合よりもその内容が優先されます。そのため、被相続人が亡くなったことがわかったら、遺言の有無を確認しましょう。
遺言書は、自宅以外に、法務局や公証役場などに保管されている場合があります。自宅で遺言書が見つからない場合でも、法務局や公証役場に問い合わせて、遺言書が保管されていないかを必ず確認しましょう。
貸金庫に遺言書が保管されている場合もありますが、その場合は、必要な手続きを経て取り出すようにしましょう。
遺言書には「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類あります。
このうち、自筆証書遺言と秘密証書遺言は、家庭裁判所で検認手続きをしなければなりません(法務局に保管されていた遺言については検認は不要)。「検認」とは、遺言書の内容を明確にして、偽造・変造を防止するための手続きです(遺言の内容が有効かどうかを判断するものではありません)。
検認を行う際に遺言書が開封されます。その前に開封していると、5万円以下の罰金(過料)が課せられる可能性がありますので注意してください。
4-3.財産調査
相続の対象となる財産は、プラスの財産だけでなくマイナスの財産(負債)も含まれます。自宅や貸金庫に保管されている書類などを確認して、相続財産を調査します。
死亡時の相続財産がいくらなのかを確定しなければなりませんので、金融機関に死亡時点の残高証明書を請求して、財産を確認しましょう。
不動産は、固定資産税の通知などから所有しているものを特定し、法務局で登記事項証明書を取得することで確認可能です。生命保険は保険証券で確認できますが、証券を紛失している可能性も踏まえて、生命保険協会への照会も行いましょう。
問題となるのが、それ以外の財産です。
誰かに貸したお金や、借入金、連帯保証人などは、契約書がないかどうかをしっかりと確認しておきましょう。また、被相続人が軽い気持ちで契約していて契約書がないということもあるかもしれません。被相続人が生前に話していたことなどを振り返って、調査を進めていくことも大切です。
4-4.相続税申告
相続税の申告は、「被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内」となっています。この期日までに、税務署に相続税の申告書を必要書類とともに提出し、相続税の納税を済ませなければなりません。
相続した財産が基礎控除額以下であれば、申告する必要はありません。しかし、「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額の軽減」といった特例を使うことで相続税がゼロになる場合は、その旨を申告しなければなりませんので注意しましょう。
4-5.遺産の受取
金融機関に預けているお金や証券を相続人が受け取るためには、金融機関に必要書類を提出して手続きをしなければなりません。必要書類には、被相続人・相続人の戸籍謄本や、遺産分割協議書または遺言書、相続人全員の印鑑証明書などが必要です。詳しくは、各金融機関に問い合わせて確認してください。
不動産の相続登記は、相続対象となる不動産の登記事項証明書、被相続人・相続人の戸籍謄本、遺産分割協議書または遺言書、相続人全員の印鑑証明書、物件を相続する相続人の住民票などを用意し、法務局に届け出る必要があります。
5.一人っ子相続の相続税対策
上述のように、一人っ子相続は基礎控除額が小さくなるなどの理由で、相続税額が大きくなってしまいます。そのため、生前のうちから相続税対策をしておくことが大切です。
その方法として、3つご紹介します。
5-1.贈与による相続税対策
まずは、生前のうちに贈与をしておく方法です。贈与には贈与税がかかるため、非課税になる範囲で贈与しておくことが大切です。
贈与税は1年あたりの基礎控除が110万円と定められているため、その範囲で贈与をすれば、贈与税なしで資産を移転することが可能です。しかし、毎年同じ金額ずつ贈与しているなどのケースでは、税務署から「定期贈与」とみなされ、贈与税が課されることになる場合があります。その都度、贈与契約書を作成するなど、定期贈与ではないことを明確にしておくことが大切です。
この他に、「教育資金の一括贈与」や「住宅取得等資金の贈与」といった特例を活用して、非課税で資産を贈与することも可能です。
ただ、教育資金の一括贈与では使い切れなかった部分に贈与税がかかること、住宅取得等資金では子が持ち家を持っていることで小規模宅地等の特例が使えなくなることなどの注意点もあります。
5-2.信託を利用した相続税対策
親が高齢になると、医療費が増え、介護が必要になってくることもあります。そのとき、親が認知症などになっていると、子が親の定期預金を解約することができず、自分の資産から医療介護の費用や生活費を支出せざるを得なくなってしまいます。
「家族信託」という制度を利用して、親が認知症になった場合に財産の管理権を子に移せるようにしておきます。そうすると、親が医療費などを負担せずに年金を受け取り、相続税が増えていってしまう状態になってしまうことがありません。
5-3.生命保険を活用した相続税対策
被相続人が保険料を負担し、受取人が相続人となっている生命保険は、生命保険の非課税限度額の範囲内の金額について相続税がかかりません。
上述の通り、「500万円×法定相続人の数」で、一人っ子相続では非課税となる金額は少なくなってしまいますが、それでもその恩恵を受けておくに越したことはないでしょう。
6.ひとりで悩まず、専門家に相談
相続に関する問題は、考えるべきことが多く、簡単ではありません。一人っ子相続であれば、手続きが比較的シンプルになるのは事実ですが、それでも、遺言書を作成したり相続対策をしたりして、スムーズに相続手続きができるようにしておくことが大切です。
遺言書は法的な様式を備えていないと有効なものと扱われません。相続対策で特例を使ったり家族信託をしたりする場合は、メリット・デメリットを理解して活用しないと、逆効果になってしまうこともあります。
ひとりで悩まず、相続に強い弁護士や税理士といった専門家に相談することをおすすめします。
7.まとめ
一人っ子相続は、相続人が「配偶者と子」または「子のみ」となり、トラブルが起きにくく、手続きも比較的単純になります。とはいえ、相続手続き自体がそれなりに複雑です。
相続人が他にいないか、遺言書がないか、被相続人の財産のすべてを把握できているかなど、調査しなければならないこともたくさんあります。
相続人になった場合は、こういった点に注意して調査を進めましょう。一方、自身が被相続人になる立場の場合は、相続人が手続きや調査で苦労することがないよう、相続税対策と合わせて、遺言書の作成や財産をわかりやすく整理しておくことも大切です。