遺言書を作成する際、各相続人の遺留分に気を付けなければいけません。遺留分を考慮しないで遺言書を書くと、思わぬ相続争いに発展してしまう可能性があります。
一方、遺留分は生前に放棄することができます。
遺留分を放棄することによって相続争いを避けることができる場合があります。
遺留分放棄とはどのようなことでしょうか。ここでは、遺留分放棄が必要とされる場合、遺留分放棄の手続き、相続放棄との違いなどを詳しく説明します。
遺留分放棄が相続を円滑に進めるうえで役立つことをご理解いただければと思います。
1.遺留分放棄とは
遺留分放棄はどのような場合に必要となるのでしょうか。
1-1.遺留分放棄とは相続を円滑に進めるための手続き
遺留分とは、相続人に認められている最低限の相続財産を取得する権利です。
例えば、父親が「財産をすべて長男に相続させる」という遺言書を残して亡くなった場合、長男以外の相続人は財産を相続できなくなってしまうため、「遺留分だけは財産が欲しい」と請求することができます。これを遺留分減殺請求と言います。
遺留分放棄とはこの遺留分を放棄し、減殺請求をしないことを言います。
遺留分放棄は、放棄する相続人にとっては不利益なことになりますが、遺言書のとおりに相続を円滑に進める際に有効な手続きとなります。
1-2.遺留分放棄が必要となるケース
遺留分放棄は次のように遺言書と組み合わせることで、相続のトラブルを防ぐことがでます。
例えば、父が事業を経営、父の相続人は長男、長女の二人、長男は父の事業に従事、長女は他家へ嫁いでいる場合です。
父は長男に事業を継がせ、財産のすべてを長男に相続させたいと考えて遺言書を書いたとします。一方、長女には遺留分があり、遺留分を請求されると長男の事業経営に支障が生じてしまう恐れがあります。そこで、長女に遺留分を放棄してもらうことで、父は、長男にすべての財産を残すことができます。
また、長男は会社員、次男が障害者で収入がない状況で、父は、次男の将来を心配してすべての財産を次男に残したい場合、生前に長男に遺留分を放棄してもらった上で遺言書を書けば心配なく次男に財産を残すことができます。
このように遺留分放棄は、遺言書と組み合わせることで、相続を争いなく円滑に進めることができます。
また、遺留分放棄は、相続開始前に手続きをすることができます。
なお、遺言書がない場合には、相続財産について遺産分割協議が行われるため、遺留分放棄は意味のないことになってしまいます。
【遺留分と遺留分減殺請求】
遺留分とは、相続人に認められている最低限の相続財産を取得する権利で、相続人の権利の保護や生活を保障するために認められています。遺留分のある相続人を「遺留分権利者」といいますが、法定相続人うち遺留分権利者となるのは、配偶者、子(代襲相続人となる孫など)、及び直系尊属です。兄弟姉妹には、遺留分がありません。
被相続人の遺言や遺贈により取得した財産が遺留分より少なくなった場合、不足する遺留分を取り戻すことができます。これを遺留分減殺請求といいます。遺留分減殺請求は、遺留分権利者が、相続の開始などがあったことを知った時から、1年間行使しないときは、時効となります。また、相続開始から10年が経過すると減殺請求権が消滅します。
2.遺留分放棄の手続き
被相続人の生前に相続人が遺留分を放棄するには家庭裁判所の許可が必要です。また、被相続人の亡くなった後の遺留分放棄については、手続きは必要ありません。
2-1.相続開始前の遺留分放棄の手続き
当事者間で遺留分放棄を認めると年長者等から不当に強要される恐れがあるため、相続開始前に遺留分を放棄する場合は、家庭裁判所の許可が必要となります。
2-1-1.家庭裁判所への手続き
家庭裁判所へ次の書類を添付して「遺留分放棄の許可申立書」を提出します。
- 被相続金の戸籍謄本
- 申立人の戸籍謄本
なお、申立には収入印紙800円分が必要となります。
2-1-2.家庭裁判所の審査
申立書を受理した家庭裁判所では、申立人からの聴き取りが行われ、(「審問実施」)、その後に遺留分放棄の許可・不許可が決定されます。(「遺留分放棄許可の審判」)
家庭裁判所では、次の基準により遺留分放棄の許可が審査されます。
- 誰かから強要されたのではなく、自らの意思で遺留分を放棄しようとしているか
- 遺留分放棄に合理的な理由と必要性があるか
- 遺留分に見合う代償財産を得るなどの遺留分放棄の見返りがあるか
生前の遺留分の放棄は簡単な手続きではなく、上記のとおり、家庭裁判所の綿密な審査を経て許可されることになります。
家庭裁判所の許可が決定されると、申立人に通知され、申立人は「証明書」の発行を求めることができます。
2-2.相続開始後の遺留分放棄の手続き
相続開始後の遺留分放棄については家庭裁判所の手続等はありません。
遺留分を放棄するか否かは自由に決めることができます。遺言で遺留分が侵害されていても減殺請求しないことで放棄したことになります。
この場合、遺留分を放棄する人が、遺留分を侵害している側に放棄する旨の意思表示をしておくとよいでしょう。
3.遺留分放棄と相続放棄の違い
被相続人に多額の借金があり、相続財産の中からその借金を支払えない場合、相続放棄をすることがあります。
相続放棄をした人は、初めから相続人とならなかったものとみなされ、相続権を失うことになり、遺産を相続することができなくなります。
一方、遺留分放棄の場合、放棄したのは「遺留分」だけなので相続人であることに変わりはありません。遺産分割協議において他の相続人との合意があれば、財産を相続することは可能です。
また、遺留分放棄は相続開始前に手続きができますが、相続放棄は相続開始後でなければすることができません。遺留分放棄と相続放棄を比較すると次のようになります。
項目 | 遺留分放棄 | 相続放棄 |
---|---|---|
放棄するもの | 遺留分のみ | 相続権 |
相続人としての身分 | 変わらない | 相続開始から相続人とならない |
遺産分割協議 | 参加できる | 参加できない |
相続財産の取得 | 遺産分割協議をする場合、取得できる | 取得できない |
被相続人の債務 | 負担義務あり | 負担義務なし |
遺留分・相続分の変化 | 他の相続人の遺留分は変わらない | 他の相続人の法定相続分が変わる |
相続開始前の手続き | 家庭裁判所で許可を受ける | できない |
相続開始後の手続き | 家庭裁判所の手続きなし | 3か月以内に家庭裁判所で手続きが必要 |
4.遺留分放棄の撤回はできるが難しい
許可された遺留分放棄は当事者間では撤回することはできません。
撤回するには家庭裁判所に遺留分許可の取り消しの申し立てをする必要があります。
民法上、遺留分放棄の撤回に関する明確な規定はありませんが、前提となる事情に変化があり、遺留分放棄を許可することが適当でない状況にあると判断された場合には、家庭裁判所が職権で許可審判を取り消すことができるとされています。
前提となる事情の変化で取り消しが認められた例として、家業を継ぐはずであった娘が、嫁に行ってしまった(松江家庭裁判所昭和47年7月24日)があります。
家庭裁判所の許可を取り消すことは簡単なことではありません。単に気が変わったとか、兄弟姉妹の仲が悪くなったなどの安易な理由では取り消しは認められていませんので注意が必要です。
なお、遺留分放棄の許可の撤回は、相続開始後はできません。
もともと生前の遺留分放棄の許可は、相続開始後になって円滑に相続を進めることができる手続きです。相続開始後に撤回を認めるとこの手続きの意味がなくなってしまいます。
5.遺留分放棄を円滑に進めるために知っておきたい注意点
生前に遺留分放棄を進めるためには、次の点について注意が必要です。
5-1.遺言書の意図を説明しておく
生前の遺留分放棄に一番必要なことは、放棄する相続人に納得してもらうことです。
そのためには、強制することなく遺言書を書く意図を十分説明し、十分納得を得られるようにする必要があります。
5-2.生前に財産を渡しておく
遺留分放棄する相続人に対して、生前に遺留分に見合う財産を渡しておく必要があります。
そのためには、生前贈与などで計画的に財産を渡すほか、生命保険金の受取人にしておけば、遺留分を放棄していても保険金を受け取ることができるので遺留分放棄を納得してもらう有効な方法となります。
5-3.借入金などの負債を整理しておく
遺留分を放棄しても相続人であるため被相続人の借金などの負債を引き継ぐことになります。
遺留分を放棄してさらに借金を背負うことになったら大変です。遺留分の放棄を進めるためには、生前に借入金などをきちんと整理しておく必要があります。
6.まとめ
生前の遺留分放棄は、遺言書と組み合わせることによってトラブルなく相続を進めることができることをご理解いただけたでしょうか。
しかし、遺留分を放棄する方にとっては、家庭裁判所の許可を受けることは容易にできる手続きではなく、また、一度許可されたものを取り消すことは簡単にできることではありませんので、十分納得した上で慎重に手続きをすることをお勧めします。